アメカジファッションやアメ車に惹かれ、
ロードサインの看板が目に留まるようになりました。
シカゴからサンタモニカまで続くルート66は、
アメリカの発展を支えてきた車文化の道で、
“マザーロード”と呼ばれています。
そんな言葉に導かれるように、
ノスタルジーを纏ったアメリカの風景に
惹かれていったのだと思います。

ルート66を ”マザーロード” と呼んだのは
ジョン・スタインベックの
『怒りの葡萄』(1939出版)という作品です。
これは、オクラホマからカリフォルニアへ向かう
ダストボウルで土地を失った農民の話で、
家族で西へ向かう流浪の旅で使ったのが
希望の道であり、同時に過酷な試練の道でもありました。
ところが、家族がたどり着いたカリフォルニアでは
厳しい現実を突きつけられます。
飢えた人々がいる一方で、
価格維持のために余ったキャベツが燃やされる。
それは、資本主義の残酷さを象徴する場面として描かれます。
つまり、ルート66は単なる道路ではなく、
アメリカ的夢とその崩壊の象徴でもあるのです。
大恐慌文学の代表作とも言われるこの作品は、
牧歌的なアメリカに憧れる
アメカジ好きの自分には、
少し重たすぎる内容でもありました。

1960年、スタインベックは58歳の時
愛犬チャーリーとともに
アメリカ再確認の旅に出ます。
トラックメーカーにキャンピングカーを発注し
「ロシナンテ号」と名付け、
3か月で、アメリカ34州、16000キロ。
その様子を「チャーリーとの旅」
というタイトルで書籍化もしています。
その中で、当時の道路事情がわかる描写があります。

・ロシナンテ号を飛ばし、カリフォルニアを抜け出した。SalinasからLos Banos、FresnoとBakersfieldを抜けて、峠を越えてMojave砂漠に入る。もう年の暮れも近いというのに、太陽に焼かれて自らも燃えているのがMojave砂漠だ。砂漠の丘を遠くから見ると燃えかすを積み重ねたようである。タイヤの跡がついた大地はぎらつく太陽によってカラカラに乾いている。今でこそ、快適かつ故障の心配のない車で高速道を走れば楽に通過できる。日陰で休める休憩所もあるし、ガソリンスタンドはみんな冷房ありと宣伝しているのだ。

「故障の少ない車」とは、tailfinとも呼ばれた、
あの時代の大きなアメ車を思い浮かべてしまいます。
ルート66は今年、2026年に100周年になりますから、
「高速道を走れば」とは、
ルート66の時代が終わりつつあり、
1956年以降に整備が進んだ
州間高速道路(Interstate Highway System)
がアメリカを覆い始めた時代のことなのかもしれません。

スタインベックの 故郷サリナス にある、
彼の生涯と作品に焦点を当てた
National Steinbeck Centerにも足を運び
ロシナンテ号(1960年型 GMC ピックアップ)
実物も見てきました。
Rocinanteのフォントにも拘ったそうですが…
誰も気にする人はいなかったと本に書かれています。

Salinasのキャベツ畑も走りました。
近づいて写真を撮りたいと
農道に入って走り出したら…バイクのハンドルをとられ
転倒してしまいました。
後ろに乗せていた息子は
力を入れる間もなく、
ぬいぐるみのように勢いよく前に飛び出していきました。
抱きかかえると…彼は震えていました。
幸い、怪我はなく、
その後も旅を続けることができました。
それにしても、
バイクを倒すほどの粘り気のある土を
これまで経験したことはありませんでした。
後から調べたのですが、
サリナスの地質は、
サリナス川が、山から流れ出た細粒の土砂を運び、
流れがゆるやかになる谷底で重たい砂よりも遅れて
いちばん細かい粘土分を堆積させた
粘土分の多い沖積土が
厚くたまってできたのだそうです。
キャベツやレタスのような葉物野菜は、
水、養分を大量に必要とするため、
重く、粘りのある土がむしろ理想的なのだそうです。
“Salad Bowl of the World(世界のサラダボウル)”とも言われる
Salinasの大地に育ったキャベツが
ちゃんとご当地Harley Tシャツにも描かれていました。



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