息子との二人旅
Harley乗りの聖地スタージスで
毎年夏に行われるバイクラリーを楽しんで
コロラドスプリングに住む友人の家に向かいます。
スタージスを出て、US-85を南へ走り、
ブラックヒルズが背後に消えると、
道はワイオミングの大草原地帯へと入っていきます。
この道は、ブラックヒルズからロッキー山脈の麓まで続く南北の一本道です。
Lusk という町にある
小さなStagecoach Museumに立ち寄ってみました。
様々な馬車の展示、
当時の人々の暮らしぶりが紹介されていました。
ここからDouglas方面へは、
かつて cattle trail と駅馬車ルートが重なっていた道でした。
牛の群れが歩き、
駅馬車が通るようになり、
小さな村が生まれました。
やがて石炭が見つかり、
鉄道が敷かれ、
人が集まり、
街はにぎやかになっていったようです。
Lusk を出て、US-20 を西へ向かいます。
実は、ここからは、
ワイオミングで無法者(アウトロー)の事件が多かった地域です。
その理由は単純で、
ここが 牛の道・駅馬車の道・鉄道の道が重なる
お金の移動があった場所だからです。
しかし、それも遠い昔のこと、
個人の移動に車が使われるようになると
移動速度が速くなったぶん
道中にある街はさびれていくのです。
大草原を揺らす風
流れる雲
使われなくなった廃墟
ワイオミングにあるのは、風だけでした。
石炭を運ぶ列車と並行して走る道で
手をふると、和音の汽笛で応えてくれました。
ずっと続く道
どこまで走れば、次の街があるのでしょう?
Lost Springs pop 7
という標識が目にとまりました。
これは、ロストスプリングス、人口7名ということです。
調べてみると、ここは、
19世紀末、鉄道建設の時代に生まれた町で、
鉄道の測量図に泉(spring)があるはずだったのに
見つからなかったという理由で
「地図にあるはずの泉が見つからなかった場所」と、
このネーミングが与えられたのだそうです。
そして、この街は
近くのロージン炭鉱が閉鎖されると、町は急速に衰退。
今は、BAR、雑貨屋、教会?学校?があるだけです。
The smallest Bicentennial Townと碑には書かれていました。
Bicentennial Town(バイセンテニアル・タウン)とは、直訳すると
「一番小さなアメリカ200周年を祝った町」
さらに碑には、
American revolution bicentennial Wyoming statehood celebration filmed by B.B.C.
とあったので、
BBCが「典型的なアメリカ西部の町」として取材したということなのでしょうか?
風に吹き飛ばされながらも…踏み切音が聞こえてきました。
ワイオミング北東部ギレット(Gillette)周辺で採掘された
石炭を載せた列車が、また走り過ぎていきました。
インターステイト25を南下
Frederickのハーレーディラーに寄ると
今の自分の愛車と同じ
Heritage SpringerがデザインされたTシャツをゲットできました。
そして、1992年から付き合いのある友人の家に無事到着。
大きくなった息子との旅を褒めてくれて
失われた時間を埋め合わすに余りあるほど喋り尽くしました。
あれから、また、何年経ったのでしょうか。
このエッセイを書こうとネットで調べてみると
2025年 Frederickのディーラーは閉店したとありました。
旅の途中で立ち寄った場所は、
いつのまにか、少しずつ消えていくものなのかもしれません。
栄華のかけらとともに、風だけを残して…。


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